2 琵琶湖

  

     自転車の旅  〜 昭和44年 夏 〜



琵琶湖で初めてテントを張る


6月18日午後1時。京都を出て滋賀県に向かった。
国道1号線は、思っていたより車の量が少ない。
走るうち、リズムが出てきた。
いつまでも地元にいては未練が残る。
早く知らない土地へ行こう…


琵琶湖の西岸を走る。


琵琶湖大橋が見えた。
そこで自転車を止めて写真を撮っていると通りがかりの老人がこちらへ近づいて、自転車をしげしげと見つめ、
「おい、兄ちゃんよ。そんなに自転車にたくさんの荷物を積んで、一体どこまで行くんだね?」
と、自転車から僕のほうに目を移し、そう尋ねた。
「北海道まで行きますが…」と僕が答えると、老人は
「ひゃぁ〜」
と、ひとこと言い残して、離れて行った。




 
   琵琶湖大橋が見えた。



夕方になったので、海津というところで国道から離れて琵琶湖畔に入り、そこでテントを張って寝た。


手帳にこの日の「出費」が記されている。
朝、京都のマーケットで買ったものがほとんどである。


チーズ 88円
レモン 35円
食塩  30円
パン  48円  
ドロップ79円
缶詰  52円
○○(読み取れず)100円
油   80円
朝食  110円
切手  150円
合計  770円


真夜中に、テントの外で妙な物音がするのを聞いた。
「クァンクァンクァン」と、獣の鳴き声のようにも聞こえる。
僕は息をひそめ、身体を固くして登山ナイフを握りしめたけれども、よく耳を澄ますと船から発している音のようであった。


ダンプカーのすさまじい轟音にも驚かされた。かなり道路から離れたところでテントを張ったつもりだったが、この騒音では、そうでもなかったようである。


出発まではテントの宿泊は普通のキャンプと同じだと簡単に考えていたけれど、こうして実際に一人で寝てみると、心細いことはなはだしい。だいたい僕は怖がりなのである。一度テントの中に入ると、外に出るのが怖くて仕方がない。大きなためいきをつきながら、なんとなくこの先にとんでもない厄災が待ち受けているのではないだろうかという不安が頭をよぎり、それがどんどん膨れ上がってきて、結局昨晩に続いてこの夜も、あれこれ思うち、ほとんど眠らないまま朝を迎えることになった。寝そべったまま、ランプの灯りで、友人、知人に何通も手紙を書いた。





 
湖畔でキャンプ。自転車もテントの中に入れて寝た。