31 オホーツクの浜辺で

自転車の旅  〜 昭和44年 夏 〜  第31回




日本一周女性サイクリストとキャンプ



オホーツク海の浜辺にテントを張ったあと、僕とユミちゃんは荷物をテントの中に入れ、軽くなった自転車で幌内の集落まで行き、パンやハムなどの食料を買い込んだ。
食料品店のおじさんが僕らを見て、
「あんたたち、夫婦かい?」と聞いた。
「そんなぁ…、夫婦やなんて。ちがいます、いま会うたとこですねん」
と大笑いしながら首を降る僕たちは、お互いに大阪弁同士だから、自然に呼吸が合う。


日が暮れて、ユミちゃんが集めてきたものすごい量の木片でキャンプファイアーをした。すさまじい勢いで燃える火を眺めながら、僕は彼女の大ざっぱな身の上話を聞いた。


彼女は、大阪の梅田地下街でウエイトレスをしながらお金を貯めて、念願の自転車日本一周に出た。
いま、これほど楽しい毎日はない、と言うユミちゃん。でも、やはり自分は女だから、旅行中は油断せず、特に男性には十分に警戒しなければならない、…なぁんて言っている。
どこが警戒しているのだかわからないけれども、それでも宿泊だけは必ず旅館にすることを決めているそうだ。旅行に出てから、旅館以外で泊まるのは、本当にこれが初めてだという。
僕は、そう決めていたのなら、なぜ今日は僕のテントに泊ろうと思ったのか? というごく当たり前の質問をした。
彼女は笑いながら、僕ならどう見ても安全な気がしたし、しかも同じ大阪の人間で気が合いそうだったから、とごく当たり前のように答えた。


彼女は日本海側を走って来た僕とは逆に、大阪から、太平洋側を東海、関東、東北と上がって行き、北海道を一周するのも、時計回りで進む僕とは反対の方向で回っていた。
「じゃぁ、いつかは新潟を通るね?」
と僕はユミちゃんに尋ねた。
「通るよ」
「それなら、ここへ行ったらいい」
僕は、新潟でお世話になった旅館「般若」のおかみさんのことを思い出し、その場でメモ用紙に、
「先日はお世話になりました。元気に旅を続けています。友達のユミちゃんが訪ねて行きますので、泊めてあげてください」
とヘタな字で書き付けて、ユミちゃんに手渡した。


  その後ユミちゃんは、僕の手紙を持って新潟の「般若」を訪れた。
  親切なおかみさんは、手紙を読んで、とても喜んで、
  ユミちゃんを、無料で旅館の一部屋に泊めてくれ、
  沢山ご馳走を出してくれたということである。


夜も10時半になり、火が絶えたのと同時に雨が降ってきた。


僕らはテントの中に入り、ひとつしかない寝袋は、彼女に提供した。
どう見ても、僕より彼女のほうがたくましい体つきをしているので、本当は僕が寝袋にくるまって寝ても不自然ではなかったと思うのだが、やはり相手は女性である。それなりに敬意を払わねばならない。
「私に使わしてくれるの? うれしいなァ」とユミちゃんは喜び、
「やったぜベイビー!」とまた叫んで指パッチンをした。


寝袋にすっぽりと入って寝た彼女の横に、僕はごろんと横たわり、また、話の続きをした。これまでに出会った数え切れぬほどの妙ちきりんな旅人たちのことや、自分の旅の悲喜こもごも、そして将来のことなど…。
「じゃ、寝るわね」とユミちゃんが目を閉じたとき、腕時計を見たら午前1時を回っていた。


灯りを消して、僕はラジオを取り出してイヤホンで聴いた。
ラジオではアポロ11号が、いよいよ月に向かって打ち上げられた、というニュースが繰り返し流れていた。まあ月世界探検も神秘だけれど、いまの自分の状況も、地球上の出来事ではないような気がするほど、非現実的なものに感じられた。


雨は降り続き、テントには一晩中、雨の音が響いていた。