58 一戸二戸三戸…

自転車の旅  〜 昭和44年 夏 〜  第58回



八戸を出て、啄木のふるさとに向かう




これは現在の地図です。
当時はもちろん、新幹線はありません。




8月6日。
ツカハラ時計店では2泊3日、お世話になった。
出発の時、ツカハラ家の人々は全員、写真撮影に快く応じてくれ、
時計店の玄関口に並んでいただき、最後までにこやかに接してくださった。


ツカハラ家のご家族に見送られて、八戸を出発。
晴れた天気ではないが、どうやら雨の心配はなさそうである。
当然だが、この旅行は天気に始まり天気に終わる。天気が何よりも気になる。
特に最近の雨続きには閉口していたので、今朝は、心底ホッとした。


馬渕川に沿って景色のいい道路を走り、やがて国道4号線に合流した。
ここから4号線を走ることになる。
三戸を通過する。
峠が多く、坂道をずんずん登ったあと、少しだけ下ったりしながら、
だんだん標高が上がって行く。 青森県から、岩手県に入って間もなく、
金田一村というところがあったが、そこからは、道は長い下り坂になった。
一番高いところで、標高は450メートルと標示されていた。


 
 
   三戸駅でのスタンプ。


馬渕川の景色が、一段と輝きを増してきた。
「馬仙峡」 という標識の立っているところで、自転車から降りてみる。
凛々しく立ち並ぶ小山と、きらめく川面と、道路がひとつに溶け合っている。
心地よい風を受けて、しばらく休憩した。
このあたりは、二戸だそうである。
馬仙峡を出て、次に通過した町は、一戸というところだった。
青森から岩手にかけて、八戸から、三戸、二戸、一戸と続いてきた。
一戸の駅でスタンプを押す。
「一戸駅・末の松山」 とスタンプに記されている。
そういう有名な山が、この近くにあるのだそうだ。







    


ところで、一戸駅のベンチでジャムパンをかじりながら、
八戸から一戸まで走ってきたからには、途中で七戸から四戸もあったに違いない。
そう思って、地図を調べてみたら、あるにはあった。しかし…。


青森県に属する三戸の北に、五戸というところがあった。
その北に、六戸(ろくのへ)があった。
さらにその北に、七戸(しちのへ)があった。
その七戸からぐるっと南東へ戻って八戸がある。
そして、八戸から南へ下って岩手県に入ると九戸(くのへ)があった。
「あぁ、なるほど…」
と、何が 「なるほど」 かわからないけれど、
僕は、ジャムパンを食べ終えてしまうと、地図を片付け、
この地名の由来は何であろう、と少し興味が湧くのを覚えながら、
自転車に戻って、再び国道4号線を走り始めた。


その後、一戸から九戸までの地名のことは、すっかり忘れていた。
いま、この日記を綴りながら、そうだ、この機会に調査をしようと、
インターネットでいろいろと調べてみた。
岩手県九戸村のホームページで、その解説を見つけましたので、以下紹介します。


  岩手県北部から青森県南部にかけて、一戸から九戸までの「戸」の付く
  地名が並んでおり、珍しい地名として、全国から深い関心が寄せられて
  おります。

  この地方は、中世時代糠部(ぬかのぶ)郡と称され、日本最大の郡域で
  ありました。

  郡の設置は、12世紀中ころ平泉藤原氏政権によって行われたとされ、
  その目的は、この地域に生息する馬の掌握にあったようです。糠部の馬
  は上級馬で、年貢として納められた貢馬(くめ)でもあり、特産品でも
  ありました。その為「戸」は貢馬のための行政組織であったようです。

  現在の青森県上北郡と三戸郡八戸市三沢市十和田市、そして岩手
  県の二戸市二戸郡九戸郡。これだけの広大な地域を官営の牧場とし
  て、九つに区画し運営していたことになります。


…ということ、なんだそうです。
でも、なぜか四戸、が見当たらない。
四、という字が悪いのか? いや、実際にはあるのか?
わからない。


そこからまたいくつかの峠を越え、中山の十三本木峠というところも越えて、
南へ南へと走っていると、道路沿いの川が 「北上川」 と標示されていた。
北上川、といえば、これから僕がめざす石川啄木の故郷である渋民村から、
盛岡を流れ、花巻、平泉を通り抜けて石巻湾へ流れ込む川である。
しばらくの間、僕はこの川といっしょに旅をすることになる…、
そう思うと、感慨もひとしおである。


この日は、好摩というところのユースホステルに泊まるつもりだったが、
そこへ到着して受付へ行くと、
「あぁ、ダメダメ。8月は1日から30日までぜんぶ満員!」
と、あっさり断られてしまった。
8月に入るとどこもかしこも満員になって、いよいよ宿が取りにくくなる。
6月から7月初旬にかけての、誰もいないユースホステルに泊まったころが懐かしい。
仕方がないので、そのまま出発した。
そこから数キロ先が啄木の故郷である渋民村である。
そこまで行こう。
行って野宿でもしよう。
そう、決めた。



  
啄木のふるさとが近づいてくると、道路の右手に姫神山が見えてきた。