77 房総半島から江ノ島

自転車の旅  〜 昭和44年 夏 〜  第77回



房総半島から三浦半島そして江ノ島





新宿の木村屋寮で2泊したあと、金子さん宅で1泊し、フクダさんの下宿では、木村クンと2人で、3泊もさせてもらった。僕はきょう、東京を発つことにしていた。結局、東京には、6泊7日のあいだ滞在したことになる。


大阪から来た友人の木村クンとは、フクダさんの寮の前で別れた。木村クンは、奈良のドリームランドでアルバイトをして、旅費を捻出し、念願の東京旅行に来たけれど、3泊4日では物足りない顔で帰って行った。これからもまだ旅が続く僕を、ちょっと羨ましそうにしていたっけ。


フクダさんと別れ、5日ぶりに新宿の木村屋寮に戻ると、
「いったいどこへ行っていたの? みんなで心配していたのよ」
と、寮のおばさんが、ほっとしたように僕を見た。
星さんたちも、仕事から帰って、部屋にいた。
僕を見て、
「よかったぁ。 どこかで行方不明になっちゃったのかと…」
と、笑った。何も連絡せずに心配をかけてしまったことを、ひとしきり反省する。


僕は、おばさんや星さんたちにお礼を言い、出発の準備をした。自転車を外へ出し、星さんに写真を撮ってもらった。
「気をつけてねぇ」 
と、おばさん。
「俺も、いつかは日本一周をやるからね」 
と星さん。


僕は1週間ぶりに自転車にまたがって、木村屋寮の人たちの見送りを受け、重いペダルを、久しぶりに漕ぎ出した。




  
 出発のとき。 木村屋寮の前で。


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両親の古くからの知り合いで、大原さんという年配のご夫婦がいた。僕も、小学生の頃からよく遊んでもらったりしたのを覚えている。ご夫婦の息子さんが、結婚をして、千葉県の市原市に住んでいる。そして、先日大阪へ電話をしたとき、母がこう言った。


「大原さんご夫婦が、市原の息子さん宅に遊びに行っている。そこであんたと会いたい、と言っているので、市原へ寄るように」


そして、住所と電話番号を教えられたのである。
昨日、市原のお宅に電話をして、「明日行きます」と伝えた。
そんなことで、東京を出て、西ではなく東へ向かう僕なのである。


ラジオで高校野球を聴きながら、走った。引き分け再試合となった甲子園球場の決勝戦は、三沢高校の大田投手が、力尽き、松山商業が優勝した。


そして、メモを頼りに市原市の大原さんの息子さん宅まで走った。大原さんご夫婦と、僕より5、6歳年上の息子さんと、その奥さんとの4人に迎えられ、その日は市原泊まりとなった。




  
市原から金谷。 そして金谷のフェリー乗り場に自転車を放置して…。




大原さんご夫婦は、僕のために、千倉(ちくら)という保養地で、宿を予約したので、3人でそこへ行こう、と言ってくれた。宿、と聞いただけでうれしくなってくる。風呂に入れる。御馳走が食べられる。気持いい布団で寝られる。とまあ、それはいいのだけれども…。


千倉というのは、地図で見ると、房総半島のほぼ南端にあった。ずいぶん遠い場所だ。そんなところまで自転車で行って、また戻るというのはなぁ〜…。市原に自転車を置いたまま、いっしょに電車で行ってもいいけれど…。地図を見て、いろいろ考えた末、東京湾フェリーを利用することにした。


東京湾フェリーというのは、木更津市のずっと南のほうにある、金谷という港から、神奈川県の三浦半島へ渡るフェリーである。そこまで自転車で走り、あとは交通機関を利用して千倉へ行こう。で、ここへ戻り、自転車でフェリーに乗って三浦半島へ行けばいい。

そしてその20日の日。
大原さんご夫婦は市原から電車とバスを乗り継いで千倉へ行き、僕は自転車で金谷港へ行き、フェリー乗り場に自転車を放置したまま、必要な物だけバッグの中に詰め込んで、電車に乗った。自転車を放置した場所のそばに、鋸(のこぎり)山という山があった。山頂のあたりが、本当にのこぎりの歯のような形をしていた。


どこかの駅(記録になく、記憶にもない)で降り、バスに乗り換えた。それで千倉へ行くと、宿の近くのバス停でお2人が待ってくれていた。
 



 
金谷から千倉までは、電車とバスを乗り継いで行く。




千倉で贅沢な一夜を過ごし、翌21日の朝、僕は早く宿を出た。


「お母さんが、早く帰ってきてほしい、と言ってたよ」
そう言って、大原さんご夫婦は、バス停で僕を見送ってくれた。


金谷港に放置していた僕の自転車は、そのまま置かれてあった。


港から、12時20分発のフェリーに乗船し、三浦半島に渡った。立派な橋があったので、地図にある城ヶ島大橋だと思って撮影した。近づいて橋の名前を見ると、「三浦陸橋」と書いてあった。 城ヶ島大橋は、その先にあった。橋の通行料は20円だった。


油壺から鎌倉まで、下り道が多く、気持ちよく走ることができた。途中、葉山の売店で休憩したときに水筒を忘れてしまった。気がついたのは鎌倉に着いてからだった。もう遅い。


鎌倉駅でスタンプを押したあと、さて出発しようとすると、上空でゴロゴロっと雷が鳴った。音だけで、雨が降ってきたわけではないけれども、いい気分はしない。旅も終盤だが、せめて残りの数日は、晴天の下で走りたい。ラジオを聴いたら、また台風が近づいているとのことであった。


江ノ島を過ぎたところで、日が暮れ始めた。


平塚付近で海岸への方に入り、浜辺でテントを張った。




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金谷港。 ここから三浦半島に渡る。




フェリー乗り場の近くで。 自転車についている水筒は、葉山で失くしてしまった。


 
三浦半島に着いてから撮る。 この場所がどこなのか、よくわからない。


 
城ヶ島大橋。ここを渡るのに、自転車は20円の料金がいる。