12 秋田から能代、大館

  

     自転車の旅  〜 昭和44年 夏 〜  第12回



走行距離が千キロになる…


6月28日。
7時半、八橋ユースホステルの前で出発の準備をしていると、中からおじさんが出て来て、自分は地元で教師をしているのだが、と前置きし、僕の旅行をことを根掘り葉掘り訊き始めた。ひととおりそれが終わったら、
「 た〜いしたもんだぁ、あなたは 」
ぽんと僕の肩を叩き、手を振って去って行った。


走り始めると、やがて八郎潟にさしかかる。別に湖があるわけでもなく、ほとんど埋め立てられ、周囲にお堀のような川あるだけだった。象潟と同じで、何の感興も湧いてこない。


このあたりで、自転車の車輪に付けていた距離メーターが、千キロを示した。自宅を出て12日目にして、走行距離が千キロに達した。それに気がついて、僕は自転車から降りて手帳を出し、〜 八郎潟で千キロを超す 〜 と書きつけた。その意味では、八郎潟は僕にとって記念すべき場所となった。


10時半に、能代駅に着いた。


駅前のベンチに座って、売店で買った菓子パンを食べていると、制服を着たおっちゃんが、じっとこちらを見つめながら近づいてきた。
「いやいや、わしは警察のモンじゃねえだ。消防署だよ」
と、そのおっちゃんは、顔中皺だらけにして話しかけてきた。警察ですか?とは訊いていないのだけど、なぜかそんなことを言う。そして、どこから来たのか、どこへ行くのか、といういつもの質問をされる。一日に、こうして何回も声をかけられることが多い。


能代から東に進路をとり、二ツ井町を通過して次の街大館までは約50キロだ。途中、秋田犬に荷車を引かせている風景を見た。まるで馬のように荷車を引かされている犬たちは、ハアハアと息を切らせながら口からポタポタよだれを垂らしていて、つらそうだった。


大館の駅に着いてトイレに入った。そして、駅舎の隣にある食堂に入ろうと思ってハッとした。腕時計がない。
「しまった!」
トイレで手を洗ったときに腕時計をはずし、うっかりそのまま出てきたのだ。急いで戻ったが、すでに洗面所に腕時計は見当たらなかった。
「わっ、ない。時計がない。大変だ!」
たったいまの出来事なのに、時計はどこにも見当たらない。トイレの中から外まで、うろうろ歩き、きょろきょろ探していると、タクシーの運転手が、
「これかぁ」
と近づいて、腕時計を僕の目の前にひょいと差し出した。
「あっ、それです。僕の時計です」 
僕は時計に飛びついた。
たったいま交番に届けに行こうと思っていたところだった、という運転手に何度も礼を言い、胸をなでおろした。まったく、うっかりしているとこんなことになる。反省しなければ。


大館から先、少し道を間違えた。この旅行で道を間違えたのはこれが初めてである。再び国道103号に出て、パンと夏みかんとジュースを買って、日暮れが迫ってきたところで道端の適当な原っぱを選んでテントを張った。地図を確認すると、テントの場所は十二所という村の周辺だった。


今日は1日で140キロ以上走った。


これまでの中で、走行距離が最も長い1日となった。






  明日は十和田湖へ…