日本陸上選手権を見て 2
6月30日。大会第2日目。
さすがに土曜日である。
午後1時前。
前日とまったく同じ時間だけれど、これだけ人の数が違う。
↑昨日 ↓今日
「メインスタンドの前の方は満員です」
と言われて、今日はスタンドの上のほうに上がる。
バックスタンドは相変わらず空いているが、こちら側はなるほどかなりの観客で埋まっている。僕はちょうど、100メートルのスタート位置から少しゴールへ寄った場所に陣取って、ズボンを脱いで短パン姿になり、スニーカーも脱いで裸足になった。今日はリラックスムードだ。
短パンとTシャツ姿の軽装は楽だ。しかも昨日のように蒸し暑くもない。場内も客数が多いと華やいで見える。
何もかも、昨日とは打って変わった雰囲気であった。
僕の席からトラックを見下ろすと、こういう感じになる。
(女子400mハードルの予選)
フィールドでは1時から女子の三段跳が始まり、1時5分から棒高跳が始まった。棒高跳は僕の席からほぼ正面にバーがあって、選手たちはこちらに向かって走ってくるので様子がよくわかる。昨日の女子の棒高跳はバックスタンド前でやっていたのでほとんど見えなかった。観客もまばらだったし。男子はこの第4コーナー付近なので観客は多く、選手が成功すると歓声が沸き、バーを落とすとため息が流れる。圧倒的に待遇がいい。
男子の110mハードルは、3時から準決勝、5時から決勝レースが行われた。
この躍動感は何と表現したら言いのだろう。選手がハードルを越すたびにカシャ、カシャという音がする。みんなぎりぎりの高さで跳んでいるから足に擦れるのだろう。疾風の如く視界をかすめていく。
決勝がスタートし、一団が目の前を走り抜ける瞬間、そばにいた若い女性が、いきなり場内に轟き渡るようなカン高い声で、
「ヒデキィ!頑張れっェ!」
と叫んだので、シャッターを押しかけていた僕は、びっくりして、あやうくカメラを落とすところであった。
女子の100mは、昨日、予選と準決勝が行われ、僕は北風沙織さんという選手に注目した。小柄だけれど、弾丸のように飛び出し、はじけるように走る。予選も準決勝も1位で通過した。北海道の人で、しかも北風という苗字がいい。スプリンターになるために生まれてきたような選手ではないか。
その北風さんが、女子100m決勝に登場した。
女子100m決勝のスタート。
「ヨーイ」の声がかかると、見ているほうもドキドキして来る。
スタートして北風選手が勢いよく飛び出した。他の選手を1歩、2歩リードして行く。「行けっ、北風!」と、心の中で声援する僕であったが、70m付近から他のひとりが猛然と追い上げ、ゴール前で北風選手を追い抜いてしまった。「あ〜あ…」とため息。優勝したのは高橋萌木子という選手で、もともと実力ナンバーワンの選手だった。萌木子は「ももこ」と読む。北風という苗字も素敵だが、こちらの名前もなかなかすごい。北風さん、残念だったけど、このメンバーでの2着なら、健闘を称えるべきか。しかし、それにしても、惜しいレースだったなあ。
棒高跳は、5m40までバーが上がると、試技者全員がそれを跳べなかった。しかし、これでこの競技が終わったわけではない。まだ澤野大地が一度も試技をしておらず、つまりずっとパスをし続けていて、他の選手がすべて失敗した後に登場してきた。澤野が登場すると場内はさらに盛り上がり、ポールを握ってスタートする直前から拍手が起こる。5m50を簡単にクリアしたときは、「さすが〜」とまわりからため息が漏れる。5m65は1回目を失敗するが2回目に成功。競技場内が大きな拍手と歓声に包まれる。しかし今日の澤野はここまで。次の5m75は3回とも失敗だった。
さて、お楽しみの女子400m決勝だ。8人中、ピンクのセパレーツのユニフォームを着た福島大学の学生が3人もいた。福島大学は、女子のトラック競技指折りの強豪チームなんだ。その中でもトップに立つ丹野麻美は、日本記録保持者で優勝候補。今日は僕も双眼鏡を持って行ったので、スタートから第3コーナーまでは、双眼鏡で丹野の姿を追った。その細身でしなやかなピンクのユニフォームは、第4コーナーで圧倒的なリードを保ってそのままフィニッシュ。
右端が丹野麻美選手。
「さ〜て、お待たせしました」
と場内アナウンスも活気を帯びてくる。
為末大が出場する男子400mハードル決勝である。
スタート。
為末の独走かと思っていたら、案に相違して、成迫健児選手が第4コーナーで一時は為末をリードしたほどの大接戦を演じ、場内の興奮を誘った。結局、為末がラスト50mでスパートしてなんとか成迫を押さえたが、薄氷を踏む勝利であった。
翌日の朝日新聞の写真。上と同じ瞬間を撮ったものだ。
為末と並んでトラックの花形選手のもう一人は、短距離の末続である。
場内アナウンスは、また、「さぁ、お待たせしました」と言って、男子200m決勝のスタートを知らせる。
ドン、とピストルが鳴って走り始めた選手たち。カーブをこちらに向かって9人の選手が疾走して来るが、遠目にも末続がびゅんびゅん飛ばしているのがわかる。カーブを曲がりきって直線に入る頃は末続の独走であった。「すえつぐぅ〜」とあちらこちらから声援が飛ぶ。あっという間の20秒20。
午後4時前から始まっていた男子ハンマー投げは、世界の室伏が登場するたびに、場内アナウンスの声も高ぶる。「室伏君はこのあと3番目に登場します」などと放送が流れる。ハンマー投げというのはトラックの第2コーナー付近から、僕が座っている第4コーナー方向に投げるので、今の僕の位置からは、選手は粒のように小さくしかしか見えない。放送をしてもらわないことには、こちら側の観客はいったい誰が投げているのかさっぱりわからない。「さ〜て、室伏君の○投目です」と放送があると、場内はざわつく。おりゃぁ、と室伏が投げるハンマーは、空中高く弧を描いてふわ〜んとこちらを向いて飛んでくる。やり投げのやりはよく見えるが、ハンマーは見えにくいので、じっと目を凝らさなければ見失ってしまう。ちょうど僕がすわっている方向にハンマーが飛んでくるのでよけいに見えにくい。ずしんと芝の上にハンマーが落ちる。それで初めてどれくらいの記録かわかる。野球は打った瞬間ホームランとわかることが多いが、ハンマーは、この角度から見ていると、下に落ちるまでなかなか記録の見当がつきにくいのだ。それでも、他の選手と室伏とは、ハンマーの軌道自体が違っていたことは肉眼でも明らかだった。伸びも違うし、上がる角度も違う。
室伏は何度も80m寸前まで運んだが、結局最後までそのラインを越すことはできなかった。79m。 それでもむろん圧勝である。
前日のテレビのニュースや翌日の新聞で、一番大きく取り上げられていたのは、やっぱり室伏である。アテネ五輪での金メダル。投擲競技で、これほどの日本人選手は、今後永久に出てこないだろうと思われる。その現役の雄姿をこの目で見られたことは、幸せだったと言わなければならない。僕の席からは、あの大きな室伏が、小粒のようにしか見えなかったけれども…。
実物の室伏は双眼鏡でしか確認できない。
ここはオーロラビジョンに頼るしかない。
2日間、熱気に包まれて過ごした。
第3日目(最終日)は池田久美子が出場する女子走り幅跳を見たかったが、翌日の月曜日に不整脈の検査もあるので、3日連続の観戦は自粛することにした。
夕方、NHK総合テレビで楽しもう。
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