24 果てしなき道・旭川

  自転車の旅  〜 昭和44年 夏 〜  第24回




札幌〜旭川〜恩根内







札幌で2泊したあと、7月10日、旭川に向かって出発した。


札幌は、3年後の冬季五輪開催を控えて、活気に満ちているように見えた。
それにしても、札幌市内を観光したとき、この街の代名詞のようになっている時計台は、あまりに低くて小さかったのに驚いた。以前はこの建物が札幌では一番高かったという。どれぐらい以前なのか、確かめなかったが、札幌がこのような大都会に変貌したのはそんなに遠い昔のことではないようである。


札幌から旭川までは国道12号線が延びている。約150キロの距離だ。


旅に出て24日目、北海道に入って10日目になる。
ペダルを踏まなければ1メートルも進まないようなこんな旅行に、何度か嫌気がさしたけれど、日が経つにつれて少ずつ順応してきたのかもしれない。北海道に来てからまだ一度も雨が降らないのもありがたく、ここのところ落ち込むことはなかった。


江別〜岩見沢美唄〜砂川〜滝川〜深川〜旭川


札幌の次の町、江別を過ぎた頃、左手に石狩川が見えた。


今日は、走行中によく声をかけられた。
車から声援が飛ぶ。観光バスから手が振られる。歩く人から声がかかる。
激励されると、当たり前のことだが、ものすごくうれしい。
犬までついて走ってきた。…これは怪しんで吼えているんだ。シッシッ!

旭川に着いたのは午後4時だった。
途中、砂川駅でパンを食べ、しばらく居眠りをしたが、それ以外はほとんど札幌から走りづめの1日であった。


旭川ユースホステルに泊まる。


このユースにも、スタッフだか客だかわからないのが何人かいた。大学が休暇になると、日本全国からこういう居候が北海道へ集まってくるようである。居候たちは、僕に、なんで日本一周をしないんだ、と不思議がったり、サイクリングにその登山靴はおかしい、と首をかしげたり、いろいろやかましいことであったが、あと二人、自転車旅行の泊り客がいた。


一人は、自転車で山登りをしているという。数日前まで利尻島に10日間滞在して、自転車で6回利尻山に上ったらしい。ふーむ。あいた口がふさがらない。


もう一人は東京に住んでいる男で、九州の鹿児島まで列車で旅行をした。鹿児島で、とある人から自転車をもらった。変速装置もついていない実用車であったが、彼はそれに乗ってそのまま北へ北へと走り、北海道まで来てしまったという。それを「来てしまった」というのか…。ふーむ。あいた口はますます大きくあき、アゴがはずれそうである。


それを聞いていた居候の一人が、
「オレは来年、自転車で世界一周に出るんだ。計画はできている。今その準備中さ」
と言って、どうだ、というふうに一同を睥睨した。


こういう人たちはやはりどこか変わっている。普通ではない。


自転車旅行から帰って、さまざまな人から、この旅行体験を珍しがられたものだが、僕のやっていることなどは、まだまだスケールが小さい。常識の範囲内、と言ってもいい。旅に出て、常識のワクからはみ出たような、いや、もともとワクなど持たない破天荒でやぶれかぶれな人間がいかに世の中に溢れているかということを、つくづく思い知らされたことが、これまで20数日間の旅で得た予想外の収穫であった。


夜、ミーティングのゲームで、福岡から来たという女性と手をつないだ。その手のあたたかさが、夜、寝るときも、いつまでもずっと手のひらの感覚に残っていた。
ふーむ。なんだか旭川の夜は、寂しくて、もの悲しい一夜であった。



      







      

7月11日。
旭川から、広い、長い、何もない道路を、北へ走る。
果てしなく続いて行く道も、あと2日経てば、稚内に突き当たるはずである。


前方にぽつんと、リュックを背負って歩く姿が見える。
自転車を停めて声をかける。
髪もヒゲもぼうぼうに伸びた若い男は、
ヒッチハイクだけど、なかなか車が停まってくれなくて…」
そう言って、水筒の水を一口飲んだ。
停まるも何も、元々走っている車の数が、きわめて少ないのである。
他力本願もたいへんだ。
「じゃ、先に行くよ。気をつけて」
「ええ。お互いにねぇ」


また同じような風景を見た。
しばらくして、僕を追い抜いて行った車の助手席に、そのヒッチハイク男が乗っており、窓から身を乗り出して手を振った。これと同じ光景が…ついこの間もあった。
しかし、今度の男性は、肩まで窓の外に出して、ずっと手を振っていた。 
地平線に溶け込んでゆくほどまっすぐに延びる道路。他に1台の車も見えない道路に、その姿はどれだけの間、見えていただろうか。車の窓から、大きく揺る手が、いつもでも、いつまでも、視界から消えなかった。


旭川から稚内まで、国道40号国鉄宗谷本線が、何度も交差しながら、絡み合うように北へ北へと延びている。士別、名寄、美深などの駅に立ち寄りながら走れるので心強い。自転車の旅にとって、駅は欠かせない休憩場所である。洗顔、歯磨き、トイレから水の補給、買物、食事、郵便、昼寝まで、駅でほとんどの用が足せる。こんなありがたい設備はない。


美深の駅を出発したあと、しばらく走っていると、恩根内、という標識が見えた。
そろそろ夕方に近くなってきた。今日は適当なところで野宿である。
小さな乾物店でウィスキーの小瓶と食料を買って、道端にテントを張った。地盤が固くてペグがなかなか打ち込めず、苦労した。


夜、テントを開けて外を見た。
地上は闇の世界だったが、空には星がひしめき合い、まばゆいほど輝いていた。
ウィスキーのぽよーんとした酔いが心地よく全身をめぐり、なんだか幸せな気分になってきた。
明日は、いよいよ稚内だ。