25 最果ての街へ

自転車の旅  〜 昭和44年 夏 〜  第25回




札幌のサイクリスト2人と稚内まで走る







7月12日。気のせいだろうか。テントの中にいると、午前3時ごろから、すでに周囲が明るくなり始めているような気がする。


道路は天塩川に沿って延びている。やや下り道をスピードを上げて走る。音威子府で走行距離が2000キロを超えた。走っても走っても、同じ道、同じ景色が、延々と続くばかりである。


快晴。今日は、特に暑い。
民家で水をもらったあと自転車に戻り、所持金を確かめたら100円しかなかった。うっかりしていた。さっそく次に通りがかった郵便局でお金をおろそう、と思ってから、重大なことに気がついた。
曜日だ…。今日は何曜日…?
いけない。今日は土曜日だ。しかも今の時間は12時半。土曜日の郵便局は12時に閉まってしまう。明日は日曜日で休み。うぅっ…あさってまでお金がおろせない!
えらいこっちゃぁ。


豊富町に入り、郵便局を見つけたのでとりあえずそこに行き、局員に事情を話してお金を引き出したいことを伝えた。しかし、あっさり断られた。
がっかりして豊富駅に行き、とりあえず空腹を満たすために、残りの100円でパンを買って食べた。これで一文無しである。困った。本当に困った。何かいい方法が見つからないものだろうか…?
僕は、自分のうかつさを悔いながら、パンを食べ終わったあともいい考えが思い浮かばず、うんうん唸って腕組みをし、駅のベンチで石のように固まったままであった。


そこへ……
まるで映画か小説のように、救いの神が登場するのだから、ウソみたいな話である。


「こんにちはぁ。また会いましたね」
そう言いながら、2人の自転車旅行者が、駅にすべり込んできた。


おととい、札幌から旭川へ向かっている途中、どこか小さな駅でこの2人組と会って少し話したことは、むろん僕もよく覚えている。この人たちは札幌在住の会社員で、休暇を取って札幌〜稚内を自転車旅行しているのだと、その時に言っていた。
よ〜し、この機を逃してはならない。
「あ、札幌の方で…。あぁ、そのぉ、ちょっと困っているんですけど」
恥ずかしさをこらえて、いきなり僕は、思い切って今の自分の状況を説明した。
「そんなことで…いくらか、貸してもらえませんか?」
2人はな〜んだ、そぉかぁ、という感じで笑い、ひとりがすぐに、
「あぁ、いいですよ。…じゃぁ、これくらいでいいですか。どうぞ」
と、財布から3000円を取り出して僕のほうに差し出した。
あぁ〜、神さま! 窮地を脱することができた。
「ありがとう。現金書留で返しますから」
僕はその人の住所と名前を聞いて、手帳にメモした。
地獄で仏とはこのことであった。


稚内まで、僕たちといっしょに行きましょう」
2人に誘われて、そこから先はいっしょに行動することにした。


稚内まであと40キロだった。


初めてわかったことだけど、2人の自転車の後ろをついて走っていると、風の抵抗が和らぐのか、一人で走るより明らかに走りやすい。荒涼としたサロベツ原野を、左手にぽっかりと浮かぶ利尻富士を見ながら、2人に引っ張ってもらって気持ちよく走る。豊富での脱力感は、2人のおかげで瞬く間に消え、新たにまた力が湧いてきた。この人たちには、大いに感謝しなければならない。


途中、稚内まで25キロの標識があったので、記念に写真を撮った。 




  
この親切な2人に出会えたのは幸運だった。




午後4時35分。峠を登りきったら、眼下に稚内の町が拡がった。
意外に小さい町だった。ゴミ焼き場があって、その煙のために町全体がくすんで見えた。せっかく日本最北端の市へ来たというのに、どうも冴えないことはなはだしい。


それでも、とうとう来た、稚内
大阪を出発して26日目だ。


5時に市内に入った。駅へ寄って写真を撮り合ったあと、稚内公園へ行って3人でテントを張った。どうやらそこはテントが禁止されている場所のようで、管理人が注意しに来たが、僕らはもうすでに張ってしまった後だったので、その人はブツブツ言いながらも、あきらめて帰って行った。


にぎやかな野宿だった。それに、夕食がとても豪華だった。ご飯は僕が持っていた米を使って炊いたが、おかずは、みそ汁、アスパラ、サンマ、鯨肉など、2人が作ってくれた贅沢なメニューで満腹になった。僕にとっては、こんなご馳走は、実に久しぶりであった。
北海道で生まれ育ったという2人は、僕が米を持参したのを見たとき、「内地米かぁ」と喜んだ。飯盒で炊きたてのホカホカのご飯を食器につぎながら、この人たちは、
「北海道の米はうまくねえだべ、内地米はうまいびゃー」
と言い、そして、その「内地米」をおいしそうにモリモリ食べるのであった。大阪からわざわざ持参して、なかなか全部を使いきれずにずっと荷物になっていた米も、こうして喜んでもらえたら、とてもうれしい。


夢に見た北の果て…。
風が冷たい。


テントの中で、衣類を何枚か体に着こんで、寝袋にもぐりこんだ。







  

   


 稚内公園でテントを張る。港が見える。




   
 とうとうここまで来たか…という感じ。