35 網走の街をめぐる

自転車の旅  〜 昭和44年 夏 〜  第35回




網走番外地”などを…






翌7月20日。僕は、一司さんと俊ニさん、そして邦子さんの3人に、車で網走市内の見学に連れて行ってもらった。まず、はじめに案内してもらったのが網走刑務所である。


網走、と言えば、誰もが真っ先に思い浮かべるのがこの刑務所であろう。映画「網走番外地」。4年前の1965年、高倉健が主演してヒットを飛ばし、シリーズ化されて一躍この刑務所は有名になった。


昨日の夕飯のとき、その刑務所のことが話題に上がった。古川の叔父さんによると、現在この刑務所では、昔のような凶悪犯を収容しているわけではなく、懲役数年という軽い刑期の受刑者ばかりだという。
「殺人や強盗などの重罪犯は、みんな旭川の刑務所へ行くんだよ」
と叔父さんは言っていた。
そういえば、映画の中の高倉健も、相手に怪我をさせただけで網走刑務所に送られてきた。あれはかなり軽い罪のはずである。


受刑者は農業をしたり雑役をしたり、時にはスポーツを楽しんだりと、美しい景色を背景にした屋外作業が多く、存外開放的な雰囲気だという。
「囚人が、脱走したりしませんか?」
僕は、高倉健南原宏治が演じた、あの映画の中での凄惨な脱走劇を浮かべながら、質問した。
「あるよ…。年に1回ぐらい、囚人が逃げるんだよ」と叔父さん。
現に数日前にも、ひとり逃げたらしい。
「でもね、必ず捕まるんだよ」
数日前の脱走者も、翌日には、知床に近い斜里で見つけられ、あっさりと御用になったということだ。


その刑務所の見学に行く。
鏡川という川にかかる橋をわたり、正門の前まで、一般の観光客は行くことが出来る。
正門前で、写真を撮ってもらった。
まわりには土産物店もあったりして、ふつうの観光地と変わらない風情である。もっとも、販売されている工芸品などは、みんな受刑者が作ったものだそうである。





   

そのあと、風光明媚な網走湖から、天都山へ上がって行く。天都山は標高200m余りの小さな隆起であるが、山頂からは網走湖能取湖オホーツク海が美しく光り、展望台の望遠鏡を覗くと、なんと刑務所の敷地(中庭?)まで見えるので驚いた。時々、囚人たちが庭で野球をしている風景などが見えることもある、ともっぱら解説役に回ってくれている邦子さんが言っていた。


時々強烈な雨が降る中、僕たちは、そのあと、小清水原生花園能取湖、そして能取岬へ行った。能取岬は夕暮れの風景と、野生のアザラシが顔を見せるので有名だという。この日は荒れた天候だったけれど、そのときはちょうど雨も止んで、夕映えの能取岬から見た海は、絵に描いたように美しかった。遠くに野生のアザラシが姿を見せていた。海の中からひょっこり顔を出したかと思うと潜る。また顔を出す。なかなか愛嬌がある。
「近くにこんないいところがあったのねぇ…」
地元に住む邦子さんが、そんな感傷的な言葉を漏らしたほど、目の前の風景は、幽玄の世界といってもいいほど、しっとりとした詩趣に満ちていた。














夜は古川さん宅の庭でジンギスカンを御馳走になった。こちらのほうはしっとりとした詩趣…というわけにはいかず、例によって、僕は、お腹が破裂しそうになるまで食べた。


食事が終わってから、古川夫人にこのあとの旅の行程を聞かれたので、美幌峠から阿寒湖のほうへ行く計画であることを説明した。
「知床へは行かないの? もったいないわよ、ここまで来ているのに」
そう言う夫人の横から、今度は叔父さんが身を乗り出して、
「明日、汽車で行けばいいじゃないか。船で半島めぐりをしてさ、その日のうちに帰って来れるよ」
と勧めてくれた。僕もそれは名案だと思ったので、
「じゃあ、そうします。明日、知床へ行って来ます」
と、即座に返事をした。

   

   


  

  
  
夕陽に映える能取岬。 この海に、アザラシが顔を出す。